農家が減り続ける本当の理由

農家が減り続ける本当の理由

農家が減り続ける本当の理由

「儲かる家業」と「儲からない家業」の隔たりは"根"にあった

 

「いいなー、山下は。

家業があるから就職しなくていいんだよね」

 

学生時代、友達によく言われました。

 

たしかにそうでした。

跡を継げば、暮らしていける。

就職活動もいらない。

 

当時の農家の家業は、

ちょっとした「特権」だったんです。

 

 

■ かつて家業は「特権」だった

 

戦前の農家では、長男が家を継ぐのが当たり前でした。

優秀かどうかは関係ありません。

次男以下は、自分で稼ぎ口を探すしかない。

 

だから必死に勉強して、

いい大学に入り、いい会社に入る。

その流れが、高度経済成長を支えたとも言われます。

 

今で言えば、

「親が人気店のオーナーで、

のれんを継げば食べていける」。

そんな感覚に近いかもしれません。

 

私の近所にも、

長男が早々に「継がない」と宣言して次男が継いだ家や、

娘さんの家に養子さんが入って継いだ家が何軒もあります。

 

カタチはいろいろでも、

「就職せずに暮らせる家業」は、

それだけ価値のあるものでした。

 

 

■ その特権が、手放されはじめた

 

ところが、いつの頃からか

親が子どもに「継げ」と言わなくなりました。

 

理由はシンプルです。

儲からなくなったから。

 

これは私の勝手な見立てですが、

サラリーマンの所得が

農家の所得を上回ったあたりから、

流れが変わったように感じています。

 

継がせても食べていけないなら、

無理に継がせない。

子を思う親として、自然な判断です。

 

 

■ バブルの年に継いだ三代目

 

私の親が継がせたかった理由は、

たった一つ。

スイカで儲かっていたからです。

 

親として、子に良い環境を残したい。

その気持ちは、私も人の親になってよくわかります。

 

ただ、ここに落とし穴がありました。

 

その儲けが「仕組み」から生まれていたのか。

それとも、相場や時代の追い風が

たまたま良かっただけなのか。

 

私が家業を継いだのは1980年代、

バブル景気の真っただ中でした。

 

ところが間もなく、景気は泡のように消えます。

あとから「バブル」と名前がついたのも、

その消え方を見れば納得です。

 

親は時代の波に乗った農家でした。

「作れば売れる」時代に乗ったのです。

 

私は、大きな不景気の波にのまれて

溺れかけた農家でした。

作っても売れない時代にのまれたのです。

 

同じ畑、同じ作物。

違ったのは、時代だけです。

 

そこで気づかされました。

農業は、自分の実力以上に

景気や経済に左右される商売なんだと。

 

 

■ 親の仕組みを、壊して作り直した10年

 

私は親のやり方が性に合わず、

結局、自分でその時の時代に合った

仕組みを作り直すことにしました。

 

その10年間は、

食べるものにも困るほどの貧乏暮らしです。

 

きっかけは、無計画な投資でした。

建てた温室の支払いが経営をじわじわ圧迫し、

農業所得はほぼゼロ。

 

ちょうど結婚して、子どもがまだ小さい頃です。

旅行どころか、

外食や遊園地に連れていく余裕もありません。

 

子どものためにコツコツ積み立てていた預金も、

結局、切り崩しました。

 

子どもに何もしてやれない。

それが、いちばんこたえました。

 

親の言うとおりにしていれば、

もっと楽だったかもしれません。

でも、今振り返ると

早いうちに気づけてよかったと思っています。

 

若くして継いだからこそ、

若いうちから仕組みづくりに取り組めた。

40歳になる頃には、

その仕組みがひと通り形になっていました。

 

 

■ 農業経営も、まず「根」から

 

農家は作物を育てるとき、

まず根をしっかり、深く張らせます。

 

目に見える葉や茎がいくら立派でも、

根が浅いと、病害虫や天候不順にあっけなく負ける。

ちょっとした大雨で根腐れを起こすこともあります。

 

農業経営もまったく同じだと、

長くやってきて見えてきました。